ゆるされたい。

朝6時50分に目覚めて、やっちまったな、と思った。

夜中の1時過ぎまでメル友とメールしていたせいだ。

寝る前、夜1時を過ぎた時点ですでにやっちまったとは思っていたが、改めて思った。やっちまった。

わりとさっぱり目は覚めたのだが、疲れた目が開いているだけで中身がない。廃墟のシャッターを開けたみたいに、乾いている。まったく調子がよろしくない。

言い訳をするならば、パソコン作業も疲れの原因の半分くらいは占めている。断じて、遊んでいただけではないのだ。

このまま作業をして回らない頭でなんとか乗り切っても、意味がない気がする。今日は休もう。そして夜中までメールするのはやめよう。本当にやめよう。

とりあえず家族と一緒に朝ごはんを食べて、顔を洗って保湿をした。

二日酔いの社会人が会社を休めたらこう言うんだろうな、という言い訳をひととおり並べて、私は布団に戻った。

そう、社会人なのだ。学生じゃない。大学は3月に卒業してしまった。

もう子どもではいられない。少し老いた父母を見るにつけ、思う。思いながらブランケットを顎までかぶる。

最初に「いつまで子どもでいられるんだろう」と悩んだのは中学1年のときだった。

私は中学時代の前半を不登校で過ごしていたので、将来には不安ばかりだった。

家の中に引きこもって、学校が怖いのと将来が怖いのと、間に挟まれて葛藤していた。小学生のときは優等生だったのに、と思うと悲しかった。情けなかった。

そういうときは、まだ子どもだから大丈夫だと、必死に自分を慰めた。

自分はまだ可能性のある人間だ、未来があるんだと。大人たちもみんなそう言っているじゃないかと。

それから頻繁に「いつまで子どもでいられるんだろう」と思ってきた。

15歳で義務教育が終わったとき、結婚できる16歳になったとき、映像作品の規制がなくなる18歳になった時、20歳になったとき。

でも、まだ学生だった。

大学を卒業してみると、もう言い訳できる手札が残っていない。もう子どもではいられない。

いつまでも、許されて、甘えられて、未来のある、可能性のある人間でいたいのに。

つぎに目が覚めたのは13時10分だった。母が作ってくれた弁当をチンする。情けない気持ちは見ないようにする。食べて、布団に戻る。

母と父は、いつまでも、私たちを子どもだと思っている。一生そうだろう。

熱を出した姉を見る母の表情は、私が覚えている限り、幼稚園の頃からずっと変わらない。

父は好きでもないクッキーの箱を開けては、私たちに「食べていい?」と聞く。私たちは昔はむかしは本気で嫌がっていたけど、今は嫌がるふりをしている。

眠って眠って、何度か途中で目を覚ました。眠くて起き上がれなかった。またひたすら眠った。

私は就活をせずに大学を卒業した。ブログを収益化したいと思っているけど、現在の収入では週に1回缶ジュースを飲むのがやっとだ。

崖に向っている感じがする。なるべく崖に近づきたくないけど、うずくまっていてもじりじり時間は進んで、ベルトコンベアーみたいに、いつかは落ちる。

どこに落ちるのかは分からない。冴えないまま老いて死んでいくのがなにより嫌だ。老いることも死ぬことも怖くてたまらないけれど、冴えないままなのはもっと嫌だ。

冴えている、というのがどういう状態なのか自分でもよく分からない。ぼんやり「スキル」「幸せ」というイメージがあるくらいだ。とりあえず当面の夢はブログの収益化である。

もう時間がない。崖に向って助走をつけて飛んでみるしかない。

羽が生えていたらラッキー。

目が覚めてスマホを見たら、17時20分だった。頭も目も体も軽い。平日、丸一日睡眠に使ったとは思えないくらい、軽い目覚めだった。自分が健康だとよく分かった。

そういえば小学生のときは毎朝こういう目覚めだったと思い出す。

空気が涼しい。気持ちがいい。冷蔵庫を開ける。朝、母が「牛乳がほとんどない」と言っていた。

私は散歩に出かけた。

ベッドタウンの歩道を歩きながら、牛乳を片手にぶらさげている今の自分は、冴えている気がした。

夜中までメールするのは本当にやめよう。と、思った。

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