無視されたら、無表情でいた。大学でのいじめを切り抜けた経験談。

よく「いじめられる側にも原因がある」と言う。そりゃあるはずだ。ライオンだって腹が減ったとき「シマウマが美味そうに見える」から追いかけているのだ。

しかし、じゃあシマウマが「美味そうに見られてしまった自分が悪いんだ」とあっさり食われているかといえば、文字通り死ぬ気で逃げている。

人間関係もそういうことじゃないだろうか。

良い悪いは関係なく、いじめはなくならない。それはもう、今までの世の中がじゅうぶん証明している。なくなったらいいな、と思う人は多いけれども、でもやっぱりなくならないのだ。

それならば各自、逃げるなり、直接ライオンと戦って勝つなりするしか、生き残る道はない。

いまシマウマ側にいる人たちは「自分が美味そうに見られてしまった」「ちょっと肉付きがよくなってしまったせいだ」と自分を責めているかもしれない。

ライオンを見てほしい。奴らはただ「食わねば」という本能だけで、無心で追いかけてくる。自分を責めるなんて、そんな高度な思慮深さをかかえながら走っていたのでは到底逃げきれない。

奴らはただ「食わねば」しか考えていないのだ。それならシマウマも「生きねば」だけでいい。

全力で生きのびてほしい。

具体的に、私が大学でのいじめをどうやって切り抜けたのか、すこしお話ししたい。

(前提として、相手は小物だった。足の遅いライオンだった。もし狂気マックスのモノホンだった場合は、切り抜けようなどと思えなかっただろう。)

まずは「同じ講義をとらない」で接点を減らした。これがよかった。本当に楽になった。

それでも週に一コマだけ、四人で授業を受けなければならなかった。無視されたり膝に消しカスをかけられたりスペースを幅寄せされたりと、地味なことをされた。いちいち傷つくが、直接の身体的な被害は無かった。

私は「無表情」で切り抜けた。

泣いたり怒ったりすると相手の思うつぼだからだ。

いじめというのは面白いもので、相手はあくまで「自分たちは被害者」という姿勢を貫いてくる。本当の被害者が「自分はいじめられている被害者だ」という自覚を持つのも難しいくらいだ。

つまりいじめる側は「被害者」のスタンスを貫かなくてはいけないので、無視はできても、面と向かっていきなり「お前頭おかしいんじゃね」とは言えない。それを言った時点で言った側が加害者になってしまうからだ。

しかし、無視に対して相手が泣き始めると「え、なんでいきなり泣いてんの。うちらいじめてるみたいじゃんやめてよ」と被害者ぶって責めることができる。

なので、私はその地獄の一コマ、無視をされても消しカスをかけられても、能面のように無表情で座り続けた。教室へ向かうまでは膝が震えたり指先が冷え切ったりしていたけれども、何度も繰り返してきたいじめ経験のなかで、相手が小物であることは分かっていたため、闘争心を燃やすことができた。

「無表情」はしたが「無視」はやめておいた。相手に「いま無視されたひどい」というセリフを吐く権利を与えてしまうからだ。

話しかけられたら、必要最低限に愛想笑いで返事をし、しかしそれ以上話を広げることはなく(下手に広げると揚げ足をとられる)、とにかく責める隙を与えないことを徹底した。

結果、無視は露骨になりエスカレートした。

こちらも「無表情」が露骨になった。おそらく相手は無表情防御を見るのが初めての経験だったのだと思う。私が粘り勝った。

最後の授業の最後の瞬間に、ボスが私の機嫌をうかがったので、私は最後の「必要最低限の愛想笑い」をして、人生初、ライオンの猛追を切り抜けた。

このように、エスカレートした時、どこまでいくのかは相手のレベルによる。小物だったから「無視が露骨になる」程度で済んだが、相手がモノホンであった場合、エスカレートさせるとやばい。経験したことがないのでわからないが、多分ほんとにやばいと思うので、私は今後モノホンに出会ったら近場のジープに飛び乗り全力でエンジンをかけてもらいたい。運転手に。キロメートル単位で距離をとりたい。

もしいまあなたがシマウマ側にいたとして、ライオンの足が遅いようであれば、私のいじめられ人生では「無表情」が有効だったことをお伝えしておきたい。私はあなたに全力で生きのびてほしい。

……

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