自称「天然女子」に言いたいたった1つのこと。

私は天然である。

可愛いほうじゃなくてガチのやつだ。

ウケ狙いの一言で場が凍る、何気なく場が凍る、知らぬ間に場が凍っていた、などと供述しており、左手が水平を見失って味噌汁をぶちまけるなど、数々の苦い思い出を量産するなどした。

これは天然によく見られる傾向なのか、相手がなぜ怒っているのか分からないことがある。それと同様に、なぜ笑っているのか分からないこともある。

今まで周りのみなさんに迷惑をかけておきながら勝手な言い分である、しかし言わせてほしい、非常に生きづらい。

自称「天然女子」に言いたいたった1つのこと。

「天然だよね」と言った際の反応しだいで自称天然女子か本当の天然か分かる、という説がある。結構盛り上がっているようだ。

もしあなたにヘソが2つあったら、と想像してみてほしい。

「私ヘソが2つあるんだよね」と言うのは近々プールに行く予定があって、事前に予防線を張っておきたい時だろう。

「ヘソ2つあるの?」と聞かれて「うん、あるよ」と答えるのはここで嘘をついたところでいずれバレると思っているからだし、「いや、ないよ」と言う時はいずれバレるにしても今は隠しておきたいからだろう。

それが「天然」になった途端、あれは嘘だこれは本当だと議論が盛んになる。

本当の天然はそのうち、明らかにそいつにとって不利益になる場所で何かをぶちまけると思うので、その時を待ってやってほしい。

「天然=可愛い女子」というイメージが定着している昨今。

自覚しているのだが、天然っていうのは驚くほど可愛くない。

仮に可愛いとしても、頭の悪い動物が同じ場所でぐるぐる回っているのを見て「カワイイー」と言うのと同じである。頭が悪すぎて一周回って可愛げがあるという、とてつもなく不名誉な「可愛い」である。

じゃあ天然とは何か。端的にまとめると「ヤベェ奴」のことである。何がヤベェかって言うと、自分の何がヤベェのかきちんと把握できないところがヤベェ。

自分の何気ない一言で場が凍ったとき、私には場が凍ったことは分かるが、なぜ凍ったのかは分からない。

何がいけないのか分からないので、おそらく同じ間違いを繰り返す。

しかし「天然だから仕方ないな」と諦めてしまったが最後、友達はいなくなる上に今後も一人もできることはないストロングゼロ状態に突入してしまう。

そこで、私が必死こいて身につけた技は、「黙る」である。おもろいギャグが思い浮かんでも黙る技術。ただ笑顔だけを浮かべる技術。

さらに、「コレなら言っても絶対場が凍らない」というパターンを増やしていく。

私が今のところ自信を持っているのは、「同調」である。「相槌・感嘆符・相手のセリフの繰り返し」などを駆使して同調しているうちは、絶対に場が凍らない。「例え話」は感覚のズレが顕著に出るからやめておく。

それでも、天然だとバレてしまうことが多い。私にとっての天然とは時限爆弾である。

天然はピエロ扱いされることが多いので、バレると厄介である。感覚がほかの人とズレているせいで感情がないと思われているらしく、どれだけいじっても傷つかないと思われている節がある。

しかし、自称天然女子=ニセモノ、が多いおかげで、まるで価値のない天然に「本物である」という稀少価値が付加され、なぜか価値あるもののように扱われる場合もある。

「ゾウの糞って初めて見た」と同じジャンルの価値である。

ある意味ありがたいのだが、自称天然女子は本物の天然になんぞ憧れていないし、なりたくもないはずだ。

たとえば可愛らしく男性の前でドジをしている自称天然女子が、風呂掃除をしている時に頭からシャワーを浴びたいのかと言えば、そうではないだろう。

しかし私は自称天然女子になりたい。私がぶちまけた味噌汁を拭いている時間、自称天然女子は自分磨きや趣味、勉学や仕事に費やすことができる。

時間の浪費と書いて天然と読むこともできるわけだ。

自称天然女子に言いたいことがある。

天然は可愛いという風潮を作ってくれてありがとう。

本当の天然はただヤベェだけである。天然の可愛いとされる部分は、すべて自称天然女子が作ってくれている。

私たちはその風潮に乗っかっているだけだ。

たまにヤベェことをしでかしながら、それでも「天然は可愛い」という風潮のおかげで、あたかも「賢い女性が天然になりたがっている」かのような都市伝説のおかげで、今日もなんとか人間として生きている。

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