二宮和也とペンギンの話

non-no9月号で地球が割れた。

というのも、「二宮和也とペンギン」である。私はファンというほどでもなく、ガチ勢どころかエンジョイ勢にも到達していないので、何を言ってもへそで茶を沸かせると思ってくれていい。

つまりこの記事を読んで、そこのあなたにもへそで茶を沸かしてほしいのである。

そもそも私は高校時代に生物部だった(5個くらい水槽があって金魚や熱帯魚を飼っていた)のだが、あろうことか魚が好きではない。

というのも、すべての魚ではなく、デカい水槽に住んでるデカい魚が怖い。戦ったら絶対勝てないし、水槽が割れた時点でこちらが死ぬからだ。

だから、抱えられる程度の水槽に住んでいる手のひら大までの熱帯魚が好きである。

しかしいざ飼うとなると、水槽に限りなく藻が生えてくるから飼うのは高校時代の部活だけでいい。

のだが、元来ファンタジー好きなので「夏と熱帯魚」とか、そういう経験したこともないノスタルジーを刺激してくれるイラストが大好物である。

熱帯魚が空気で生きられたらなぁ、楽に飼えるのになぁ、と脳内お花畑に拍車がかかっていたこの夏。

二宮和也とペンギン、という革命を見た。

北からの刺客。南ばかりに目を向けていた私は愚かだった。

二宮和也といえば「童顔なのに頭脳派」をはじめとして、地球上すべてのギャップ萌えを攫っていく人間らしい。あざとい。

あざとい人間というのは例外なく頭がいい。

なぜなら「あざとさ」それ自体が、自分のルックスや世間からの需要を客観的に把握していて、それに応えるというスキルだからだ。

何が言いたいかというと、両脇にペンギンを抱えているのがあざとい。

私は個人的に「こうすれば喜ぶんだろ」くらい傲慢なあざとさが好きだ。あざとい魅せ方も年齢的に疲れてきたけどファンは求めてるだろうな、という計算が露骨に見えるくらいが好きである。

今回のはドストライクであった。

『ペンギンからの手紙』とか『流星のペンギン』とか、感動的な映画になりそうなんだがどうだろう。

というわけで、へそで茶を沸かしていただいたわけだが、いかんせん熱中症が心配される季節である。氷を入れて美味しく召し上がってほしい。

私はクーラーを効かせた部屋で体育座りでもしながら、熱帯魚とペンギンの共生について考えるとしよう。

南向きの部屋に熱帯魚がいて北向きの部屋にペンギンがいるとそれは実質私の家が地球、ということになり、non-no9月号で私の家が割れた、ということになる。

それはそれでクレイジーだな。

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