小学生時代にいじめっ子だったアイツが、教師を目指しているらしい。

風の噂で聞いただけだが、真実ならば衝撃である。

他人をおとしめることこそ至上の喜びなんじゃないかと思わせる性格の持ち主だったのに、まさか教師とは。

コンビニへ向かう途中、小学生の頃にアイツから受けた意地悪の数々をなんとなく思い出していた。双子の姉は、高学年のときアイツと同じクラスだったのだが、機嫌を損ねると無視されたりして面倒だったらしい。

そんな姉にパシられて、私はコンビニへ向かう。

暑い。うだるほど暑い。

異例の早さで梅雨が明けてからもうすぐ半月、すっかり夏本番である。

小学校高学年の夏といえば、真っ先に、友達と行った夏祭りを思い出す。

成人してしまうと地元の祭りに顔を出す機会もないけれど、あの頃は年に一度の夜遊びだった。

夜遊びといっても親は同じ会場内にいたし、時間も夜の7時か、遅くても8時くらいだったんだと思う。

それでも、思い出すたびに、今でも少し胸が踊る。

「夜市」ってものがどんなものか実際に見たことはないけれど、イメージとしてはそんな感じだ。

闇に揺れる提灯の光、優雅に尾びれを漂わせる金魚、そこへ浮かび上がって行き交う、下駄におさまった白い足。

どれだけ安っぽい露店でも、すべてが妖艶に見えた。

足を踏み入れてはいけない非日常を、一日だけ許されたような背徳感があった。

「子どもだから」と、感情の色を薄く淡くされることが多いけれど、子どもの頃から、みんな結構知っている。

自分の足場以外が沈んでいくような優越感も知っているし、体の内側を掻きむしりたくなるような苦しさも知っている。

そのあと積み重ねた経験を上からかぶせて、無かったことにしているだけだ。

痛かったことも怒りを覚えたことも、生々しさを消し去って、美化してしまう。

アイツが教師になるのか。

見た目には笑顔でハツラツとしているが、アイツは時限爆弾よりヤバイ。面接官は、こういう時こそ能力を発揮してほしい。

就活生がこれだけ自殺している現代日本で、アイツが面接を通ったら、もう何も言えない。

子どもは輝かしく大人になるのかと思っていたけど、子どもは子どものまま時間だけ過ぎて、子どもを育てる側に回るんだろう。

べつに私は子どもが好きなわけじゃないし、子どもたちの未来を案じるほど心に余裕もないけれど、アイツがヤベェのは分かる。これ以上被害者が増えるよりは、増えないほうがいいだろう。

かといって企業に入っても同僚を潰しにかかるのかもしれないと考えると、それはそれで頭が痛い。

誰に訴えるほどの行動力もないからブログに書いているわけだが、大人になってみて、怪談っていうのは身近に転がっているものなのだと知った。

そして繰り返す。いつまでも終わらない。

また、夏祭りの季節がやってきた。

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