今日も熱愛報道と匂わせが終わらない。

アイドルの熱愛報道と匂わせ。

この手の話題は後を絶たず、日々オタク界隈をにぎわせている。その阿鼻叫喚たるや、フェルマーの最終定理のほうがまだ素直に証明されているのではないかと思えるほどだ。

一人の人間が恋愛しただけでなぜこんなにも騒がれるのかといえば、どんな職業にも、核になる部分が存在するからだ。

どれだけ見目麗しくて優しい人間でも足し算が苦手だったら数学の先生にはなれないのと同じように、自らが商品であるアイドルは恋人の存在を公にしてはならない。

アイドルの熱愛報道や匂わせは、数学教師がある日いっぺんに公式を忘れてしまったくらいの大事態なのだ。

「アイドルにも人権がある」という言葉がある。

これには私も全力で同意する。アイドルだって一人の人間であることに変わりない。

アイドルが恋愛してはいけない道理など法律的には存在しないし、オタクのなかの一人の意見であるが、私はアイドルに純潔など求めていない。

しかし言いたいのは、「恋愛模様を見せるな」ということである。

お守りを買いに行ったときに巫女さんが「実はコレ、中に入ってるのただのコピー用紙なんですよね」と言ったら、驚くだろう。

買う側は、お守りの中に何が入っているかなんて、それほど興味がない。リアルの諸問題は実力で解決していかなければならないのも分かっているが、それでも心の拠りどころとして「お守り」がほしい。だからお金を出して買っているのだ。

巾着の中に入っているものが何であれ、「お守り」だと信じさせてほしいのだ。

予算がないならコピー用紙が入っていても良い、けれども気になって開けてしまう人もいるかもしれない。その時に、ぺらりと一枚では詰めが甘い。それっぽくしておいてほしい。

そういうことだ。

アイドルは一人の人間だからもちろん人権があるけれど、アイドルとしてファンの目に触れる時は商品である。

この情報社会に加えてプロが勝手にばしゃばしゃ撮りまくる世知辛い現代社会で、完璧に隠すのは難しいのだろうが、そこの力量や賢さまで含めて、アイドルの魅力なのだろう。

そして、匂わせである。

文字通り、アイドルの恋人が、アイドルとの交際を匂わせるような情報を発信することを指す。

これはお守りを作っている鈴木さんの友達の高橋さんが、勝手に広告塔になってネガキャンをはじめるのと同じことだ。

そしてそのうち「鈴木のお守りの中身―コピー用紙―」という自主制作映画まで上映しはじめる。

匂わせはそれが嘘でも本当でも、営業妨害になる。

匂わせをしてしまう心理というものを考えてみたのだが、想像できなかった。独占欲や自己顕示欲の現れだとしても、匂わせたが最後、1万倍の批判になって自分に返ってくるし、ひいては恋人の仕事が減るかもしれない。

たぶん私が、「それでも匂わせたい」というほどの恋愛を経験したことがないから、こんな理屈を並べてしまうんだろう。

お守りでいえば、中身のコピー用紙は神奈川の工場で作られているとか、そのパルプはブラジルで生産されたユーカリの木だとか、そういう情報を流出させているのと同じである。

もう自分がお金を出して買ったお守りに、なんの効力も感じることはできない。ブラジルに生えている木のカケラにしか見えない。

ユーカリの木のカケラが大好きという特殊な性癖を持っているなら話は別だが、そういう人間は少ない。

たいていの場合、お金を出して買ったのは巾着袋とコピー用紙ではなく、「お守り」という心の拠りどころである。

中に入っている紙がどこかの木のカケラであることはみな知っている、しかし夢の国と同様、隠すべきところは企業努力でなんとか隠してほしいのだ。

このように熱をもって語るオタクに対して、「どうせ付き合えないのに」という批判がよく見られる。

たしかに付き合えない。しかし、それは「どうせ」ではない。

すべてのオタクについて知っているわけではないから、偉そうに語ることはできないのだが、私に限った話をすると、“絶対に付き合えない安心感”というものは少なからず存在すると思う。

恋愛感情は心が浮き立って楽しいものだけれども、反面、リスクもある。リアルのコミュニティを崩壊させる危険性もあるし、相手はもしかしたら金遣いが荒いかもしれない、酒癖が悪いかもしれない、運が悪ければストーカーになるかもしれない。そして3年もすれば冷める。

私に恋愛経験がないので何を言っても笑えるかもしれないが、まあ待て、片思いがすべて実らなかっただけだ。人を好きになったことはある。

そういうわけで、恋愛に関する諸々のリスクが無いのが、アイドルだ。純粋に楽しい部分だけをお金で買って、疑似恋愛を楽しむことができる。

だから何年もファンでいられるのだ。

アイドルがファンに見せている顔は、その人そのものの部分もあるだろうが、すべてを見せているわけではない。ある意味、作られた虚像であり、偶像崇拝に近いところもある。

熱愛報道や匂わせは、ファン個人個人の脳内に存在しているアイドルを現実の人間に引き戻す作業だ。

お守りがユーカリの木のカケラになるがごとく、アイドルが普通の人間になってしまう。

リアルの人間にそんなに魅力がないことなんて知っている。だから、はじめからリアルの部分は求めていない。

みんな、アイドルの渡辺さんが好きなのだ。アイドルという職業をしているリアルの渡辺さんからは、「リアルを見せない」という意思表示だけもらえればいい。

それほど強い意思表示があれば、それだけで魅力的だと思えるのだが、恋愛感情が絡むと盲目になってしまうのもまたリアルな人間なんだろう。

熱愛報道も匂わせも、おわらない。フェルマーもお手上げである。

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