夕方6時。まだ空が青い。
湿気っぽい熱風がTシャツを膨らませて、はためかせて、過ぎていく。
距離的には家から近いが親しみのない住宅街だ。散歩ルートと決めて、最近は毎日歩いている。余計な思い出が蘇えらないから、よく知っている町よりも気楽である。
嵐の歌をどれか一曲、玄関でかけてから、ワンリピートで聞き続ける。黙々と歩きながら、黙々と聞く。
いろんな歌が流れるのはあまり得意じゃない。
気分転換が下手なので、「コレだ」と決めた一曲を聞きながら、毎日同じ道を歩いて、気持ちを一定ラインに落ち着けるのだ。
同級生はみんな就活をしていると思っていたが、もう就活を終えた人のほうが多いかもしれない。
友達の斉藤も、志望業界から内定をもらった。
直接会って、ドリンクバーの黒豆茶をちびちび飲みながら、顔だけ笑って口だけで祝って、就活という高い壁を眺めていた。先週のことだ。
結局私は、自分のことしか考えていないんだろうな。
ここ一ヶ月くらいは、毎日3時間ちょっとブログと向き合って、午後5時きっかりに記事を投稿して、散歩に行く。
散歩に行くと、ときどき自販機に寄る。
ラインナップを眺めたあと、やっぱりやめよう、とまた歩き出しながら、ゼミの友達を思い出す。
家から握りしめてきた100円を自販機に投入して、何かしら転がり出てくるまでボタンを押し続ける。コーヒーでも、炭酸でも、何でも押してみる。そんな風に就活を続けている友達がいる。
自販機から見れば、その100円玉が、昔おばあちゃんから貰ったお年玉だろうと、さっき道端で拾ったものだろうと、どうでもいい。
ぜんぶ同じ100円玉だ。
私は、大事に握ってきた100円が、どうでもいい大多数のうちのひとつとして自販機に飲み込まれるのが怖い。
だから自販機に投入することさえできず、握りしめたまま逃げた。
就活は立ち向かうのも怖いと言われるけれど、逃げるのも怖い。
甘えだ、親不孝だ、考えつく限りの罵声を自分に浴びせてみる。浴びせても浴びせても、奮い立つものが何もない。
自分のことはどんどん嫌いになるけれど、どうでもいいと思うこともできない。
就活のかわりに、ブログを書いてみる。出来上がったものはつまらないから、また、自分を中傷してみる。
「ブログでお金なんて稼げるわけないんだよ」
痛い。
痛いから、気が和らぐ。常に自分を痛めつけていれば、許されるような気がしてくる。
同時に、そんなことをしていても前には進めないことも分かっているし、自分が恵まれた環境にいることも分かっている。
ぜんぶが頭の中で回って回ってぶつかって、気が狂いそうになるから、とにかく歩く。
1時間近く歩いて、帰ったら無心で筋トレして、柔軟体操をする。
そしたら3キロくらい痩せた。
健康な精神は健康な肉体に宿るらしいから、とりあえずムキムキになりたい。