「価値観の合う人が好き」という風潮。

「恋人を選ぶとき大事だと思うポイントはなんですか」。

そういうことを聞かれると、私は無難に「やさしい人」とか「価値観が合う人」と答えてきた。(本当は「私を嫌いな人」が好きなのだが。)

「価値観が合う人」って一般的によく言われてるけど、価値観って具体的に何だろう。

よく分からない。

たぶん大きなくくりで言えば「自分と似てる人」ってことなんだと思う。

ストレスを感じるポイントが似てるとか、休日の過ごし方が似てるとか、将来のビジョンが似てるとか、そういうのをひっくるめて「価値観が合う」って言ってる気がする。

恋愛ではなく友達の話だけれど、私は大学に入ってから「価値観の違い」を感じる瞬間があった。

入学後すぐに仲良くなった女5人グループで、金銭感覚も話題も門限も、もともとズレているなとは感じていた。

が、決定的に「違うな」と思ったのは、生活の中で友達が占める大きさだ。

彼女たちの生活は、友達を中心にまわっていた。

一緒に○○しようとか、空きコマは○○に行こうとか、ハロウィンは○○しようとか。

そうなると友達にかけるお金も大きくなって、遊びに行った時の金銭感覚も違ってくる。

おそらく彼女たちの方が一般的な大学生なんだろうが、私には合わなかった。

私は結構、一人でいるのが好きだ。そして家が大好き。自分の生活は自分中心にぶん回していきたい。

だからあんまり「一緒に○○しよう」って言われると、疲れてしまう。

このグループには合っていなかったのだと、割と早い段階で気づいてはいた。

向こうからしたら、一応同じグループにいるから誘ってるけど毎回「帰りたい」オーラ滲ませながら付いてくんなよ、と思っていただろう。

が、誘われているかぎり、波風立てずにグループから抜けるのは大変なのだ。

「あいつ、なんか嫌なやつだよな」と思ったときに、距離を取るとか、無関心になるとか、いろんな人がいると思う。

そのグループは仲間外しをするタイプのグループだったようで、1年生の秋頃から私の立場は危うくなった。

2年生の終わりにライングループを退会させられるまで、1年以上ぎこちない関係が続いた。

仲間外しになった理由もそんなに重大な理由じゃないし、日常の積み重ねで何となく仲間外しって形になった部分が大きいと思う。

でも不思議なもので、無視されると指先が冷たくなって震えてくるし、心拍数が上って物理的に苦しい。

仲間外しなんてダサいなぁと思う自分もいるのに、圧倒的に恐怖が上回って、全員授業が一緒になる木曜の朝がが苦痛だった。

人間はそれぞれ別の生き物だから、どんなに似ていても違う部分は絶対ある。

違う部分があった時に黙って離れてくれる人なら、どんな人でもいいんだなぁと思った。

けどブログくらいでしかこんなことは語れないから、「どんな人が好きですか」と聞かれたら「価値観の合う人」って答える。

みんなそういう理由で、面倒くさいからとりあえず「価値観の合う人」って言ってるのかな。

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