国語の授業で教える作文が間違っているたった1つの理由。

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私は去年の夏にはじめたが(確かにやる気があればそれほど難しくない)、全然お金にならない。

お金にしたくて色々調べてみた時期もある。

結果どうなったかというと、RPGの勇者が、Tシャツに短パンのレベル2とかで、ラスボスのもとへ向かっているような、そんな気がしてきた。

何のスキルが足りないとかじゃなくて、すべてが足りない気がしたのだ。

そもそも私は、国語の成績が良いから「イケるんじゃないか」と思っていたのだが、その基準自体が間違っていることに気づいた。

国語の授業で教える作文が間違っているたった1つの理由。

あ、ちなみに今もこのブログはほとんど見てもらえていない。閲覧数は恐ろしいほど低い。だから偉そうなことはまったく言えないのだが、日本の国語の授業は間違っていると思う。

何が間違っているかって、作文の書き方だ。

私は先生に「佐藤の書き方だと減点できない」と褒められたことがある。

意見が面白いかどうかではなく、形式として揚げ足が取れなければ満点、ということだ。

私は学校でいい成績を取ることにそこそこの労力を費やしていたので、作文は「無難な意見を隙が無いように書く」スタイルが完全に身についた。

「いじめはいけないと思います」というテーマで作文を書くとしたら、まず、「どうやったら上手いこと展開できるかな」と考える。

そして、使い古された理屈をただパズルみたいに隙が無いように並べていって、「だから、いじめはいけないと思います」と締めくくる。

極力無難にまとめることで、相手がどんな考えを持った先生でもいい成績がとれるように工夫していた。

結果、国語の成績はいつでも良かったのだが、死ぬほどつまらない文章しか書けない人間になった。

たしかに、いじめはいけないと本当に思っている。

なぜそう思うかといえば、幼稚園から小学校低学年まで特定の女の子たちに意地悪をされ続けて、中学高校大学でも定期的に無視されていたら性格が歪んだからだ。

自分のことがまず信じられなくなった。無視されるたびに、自分はダサい変人なんだなと思うようになった。

そして、次いつ無視されても傷つかないように、親しくなっても基本的に人間のことは信じなくなった。それであまり傷つかなくはなった。

無視されると全身ががたがた震えて指先が冷えていくような感覚は今でもあるけれど、それでも後を引かなくなった。

けれど、やっぱり少し寂しいし、他人の好意を無下にし続けているような罪悪感もある。こんな風に他人を拒絶しながら生きて行く必要はないと思うが、多分ここまで来てしまったら、私はもう一生他人を信頼できないだろう。

だから、いじめはいけないと思う。

でも、作文にはそれは書けない。強すぎる。

もっとマイルドに、優しく、きれいごとを書かなければならない。

波風を立てないように角を立てないように、どの方面の人も傷つかないようなハッピーエンドな作文を書かなければならない。

結果、「いじめる人もいじめられる人も、悲しい気持ちになるからいじめはいけないと思います。今の私のまわりには優しい友達がたくさんいて嬉しいです」みたいな文章ができあがる。

そんな文章は誰の心にも響かないしくそつまらないのに、そういう文章が一番成績が良くなる。

それが私の知っている国語の授業だ。

作文以外には、国語の授業では、日本語について大事なことをたくさん学ぶ。ひらがなを学ぶところから始まり、漢字を学び、「てにをは」の使い方も勉強する。

すべて、読めるように、書けるようにするために必要なスキルだ。

でも大事なことを見失っている。「何を書くか」という部分だ。そもそも言葉は何のためにあるのだろうか。

自分が考えていることを、相手に伝えるためだ。

そこが一番大事だと思う。

多少言葉の使い方が間違っていても、自分の意見を相手に伝える力を磨く方が大切なのではないだろうか。

じゃあ、自分の意見を相手に伝える力とは何かと言えば、自分の本音を探す力だ。

「いじめはいけないと思う」と書いたときに、理由は必ず自分の中にある。建前をいくら探しても、自分の本音は見つからない。

書くというのは、本来、自分の中の本音を探す作業だと思う。

そこが、今の国語の授業は間違っている。「建前を探す作業」になっているのだ。それでは自分の本音を探す力は身につかない。

その人の人生は、その人にしか分からないものだ。その人が十数年とか何十年とか生きてきて、その上で感じたことには、それだけの重みがある。他の人には絶対書けない本音がある。

読んで他人の心に響く文章って、そういう本音だと思う。

そういう文章にしか、文章としての価値はないと思う。

私は自分の書く文章が毎度毎度びっくりするほどつまらないことに驚愕して、なぜなんだと考えて、なるほど私の書くものは建前ばかりで嘘ばかりなんだなと学んだ。

けれど、ここまで読んでいただいて申し訳ないのだが、私の今の文章も誰にも見られていないし評価されていないから、そういう意味ではまったく重さが出ない。申し訳ない。

とはいえ書いたことはぜんぶ本音だ。

その辺の大学生が吠えてるな、程度に、心に留めてもらえたら嬉しい。

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