電車で見たカッコ悪い大人の話

土曜の朝7時。

アルバイトに行くために、電車に乗った。

向かいのシートで座ったまま上半身を傾けて眠っているのは、30前後のサラリーマンらしい男性だ。

数駅すぎた時、その男性が目を開けた。

電車で見たカッコ悪い大人の話

私はそこで初めて、その男性がかなり酔っていると気づいた。

いままで、いわゆる酔っ払いというものをほとんど見たことがなかったから、あれは酔っ払いだなと気づくまでに時間がかかる。

酔っ払いは立ち上がって駅名を凝視したあと、また眠りに戻った。

電車はガラガラだったから、私は朝の景色と酔っ払いを眺めながら、自分の将来について考えていた。

フリーターになると決めてから、将来について考えない日はない。

サラリーマンは、私のあこがれだ。

安定している。昇給もボーナスもあるんだろう。

それで、このサラリーマンは、金曜日の夜にちょっとハメを外して楽しんできた後なんだろう。

でも、私の前にいる人間は、私があこがれている姿とは違った。

金曜日の夜の社会人は、頑張って働いたお金を使ってまで、土曜の朝にこんなにカッコ悪くなるのだろうか。

なんだか、何を信じて何にあこがれて生きていけばいいのか、分からなくなった。

外を見ればすがすがしい朝なのに、電車は空いていてドアが開くたび気持ちいい風が入って来るのに、男性は真っ赤に充血した目を閉じて、カバンを枕にして眠っている。

私なんかより未来が明るいはずなのに、目の前の人間は、終わりに向って落ちていくような気がした。

それを見て、安心している自分もいた。

安心している自分に気づいたとき、私も大人になってしまったんだなと思った。

あのサラリーマンが、その後どうなったかは分からない。

おそらく無事に家に帰ったんだろうが、もしかすると、分からない。

人生ってそういうことの積み重ねなのかもしれないなぁと思った。

どう稼ぐかで悩むより、大事なことがあるのかもしれない。

私がサラリーマンに安易にあこがれていたのは、ただの逃げだったのかもしれない。

誰からも評価されなくても、社会の中で立場が弱くても、朝起きて、綺麗な空気を吸うことはできる。

それほど頭がよくなくても、自分の頭の回転力が常に最高になるように、調整することはできる。

できないことを悩み続けるより、できるけどやらないと思っていることを、やってみた方がいいのかもしれない。

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